焦夏

  • 2020年7月30日
  • 短編
  • 5回

 

 先日まで、雨が続いており、もうすぐ八月が始まろうというのに気温は上がらず、いつ夏が来るんだ、という日が続いていた。そんなある日、突然ものすごい数の蝉の声が部屋の外から聞こえてきた。突然の蝉の大合唱に面食らうが、時期的にはまぁおかしくはないか、と壁に掛けられたカレンダーを見て思った。すると急に夏らしいものを食べたくなってきた。

 玄関を出ると、思わず一歩部屋の中へと後ずさった。エレベーター棟の外側の白い壁に四匹、そして通路には三匹の蝉が転がっている。他にも、少し視線を移せば至る所で蝉の姿が見つかった。これまでずっと夏だったのに、突然転がり込むように、感じてみてと雑に夏を放り込まれた気分だ。だが、徒歩三分のコンビニでアイスを買って帰ってくると、セミの姿は消えていた。

 誰がやったのかは知らないが雑な夏はいともたやすく終わりを告げたようだ。眼下では箒を持ったおばさんが、青いゴミ収集車の傍らで回収員に話しかけいるのが聞こえた。

「最近は神様にも困ったもんだわ。急にぱっぱぱっぱと夏を投げられても困るってのよ。この前定期清掃が終わったばっかりなのに、こんなに通路が汚れちゃ、またやらなきゃいけないじゃない」

「はぁ・・・・・・」

「・・・・・・」

 俺は気にせず家に戻り、いつも通りに過ごして一日を終えた。

 次の日の朝、コンビニに行こうと玄関の扉を開けると、通路に一匹の蝉がいた。エレベーター棟の外側にも一匹。下へ降りるとおばさんがゴミ袋を収集場所に出しているところに遭遇した。

「おはようございます」

「あらおはよう、お仕事?」

「いえ、ちょっとコンビニまで」

「そうなの? いってらっしゃい」

「はぁ・・・」

 戻ってくると蝉はまだいた。エレベーター棟にもまだいる。眼下では青いゴミ収集車がゴミを回収して走り去っていった。

「・・・・・・?」

 家に帰ると、玄関の外から蝉の鳴く声がした。コンビニで買ってきたカップ麺にお湯を注ぐ。ほどよい、夏の始まりの音がした。

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