閉ざされた世界で聞こえてきた声七

 当時の私はクラブ活動などが盛んになる小学三年生から始め、九年間続けてきた野球を高校三年生の夏を最後に辞めた。そこからは片輪をなくした車のように、どこへ行くこともできずに、同じ場所をぐるぐると回るような人生の轍を穿ち続けていた。

 野球をやっている間は何も考えずに住んでいたのだが、いざスポーツという鎧を脱いでみれば、これまで目に入らなかった人々が自分の世界のいたるところで登場し始め、初めて人生という舞台に立っていることに気付き始めたのだった。

 プロ野球選手になりたい、だなんて妄想は小学生の卒業論文までにして、さっさと現実的な考えを持っておくべきだったと、今なら思う。実に不思議なことなのだが、人間というのはどうやら時間が経っても適当に生き残ることが可能な生き物のようで、私はどちらかといえば自分の好きなものだけをやってきたグループに分類されるのだと思う。そのせいか、いざ自分の力程度では、社会にたいして必要とされていないのだ、と知ったときには、高校からの出口を間違えたんじゃないか、とも思った。高校を卒業し、くぐった扉の先では、「おめでとう」という拍手喝采の中、クラッカーの紐テープのアーチをくぐりながら新しいステージへと進むのだと思っていた。

 しかし実際は違う。私が出た先には何もない荒野がただ広がっていて、見えない神様が果てしのない空の向こうから、すべての責任から解放された声で伝えてくるのだ。

ーーさぁ、ここから君は自由に生きるのだ。誰かが面倒を見てくれるチュートリアルはここでおしまい。ここからは、これまで身につけてきた術のすべてを使って、自分の人生を自分の手で作り上げるのだ。頑張れよ。

 寝耳に水とはまさにこのことか。果たして野球なんてやっている場合だったのか、不安になってくる。ボールもグローブも、バットもない。あるのはこれまで嫌いだった人間ばかり。人と関わることを極力避けてきた私にとって、ここからのルートは手ぶらで臨む行き当たりばったりの無人島暮らしも同然だった。

 こんなのでやっていけるか。

 何か術を身につけなければならない。そう思って新しいものを私は探し始めた。

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