閉ざされた世界で聞こえてきた声九

 

 下の部屋に住む高校来の友人と節約料理対決をすることになった。彼は料理が得意だったし、三日に一度くらいのペースで持ってきてくれる「作りすぎた」の文言と湯気の立つ色とりどりの野菜たちはとても自分には扱えなかった。

 料理に興味がなかったわけではなかったが、実家では台所にほぼ立ったことがない。家には常にカップラーメンが常備されていて、お腹がすけばポットからお湯を注いでいつでも腹を満たすことができたから、作る必要もなかった。それに朝、昼、夜と母はしっかり食事を作ってくれていたため、余分に台所に立つ必要がなかったのだ。

 その点、大学進学と共に初めての一人暮らしが始まり、初めて自炊を始めたのは新鮮な気持ちになった。料理初心者の私は基本的に食べたいものをひたすら焼いたりゆでたり、といった事ばかり。それに対して友人は、どのような暮らしをしてきたのか、ある程度調理の技術や味付けの知識が身についていた。友人は何事も無難にこなす器用さを持っており、学部は就職先に困らず、友人が多そうな所へ入った。高校の野球部時代も自分のポジションが主要メンバーで埋まるやいなや、守備位置をコンバート、自分の得意分野に合わせて打席をスイッチヒッターへチェンジ、本塁打を打てるくらいまでわずか一年で到達している。プライベートに関しても、部屋は男子大学生ならではの1Kの部屋に黒や白を基調にしたモダンでオシャレなインテリアを揃え、地元には結婚まで視野に入れた彼女を残し、大学では気になった女性と人知れず部屋に呼べるような男だ。

 何事もスマートにこなすし、常識もあり頭も良い。運動神経も抜群な上に、そういうところが鼻につかない、人なつっこい笑みを浮かべて、物を隠したり驚かせたりするドッキリもやる茶目っ気に溢れている。私はよく人と距離をとる人間だが、彼はそんな性格も厭わずするすると懐に入ってくる。高校時代、特別仲が良かった記憶もない、しかしあれよあれよと気がつけば、一階二階に住む間柄になっていた。

 ハイスペックで要領もいい彼が送ろうとしている大学生活は私からすれば、外国の話のようにも聞こえたし、華やかな生活を送る彼に対しては私は自室に防音室を作って、引きこもりオンラインゲームに興じる日々を送っていた。ゲームは好きだったし、中学時代から、サウンドノベルをパソコンで遊んだりしていたため、パソコンにも薄いながらに興味を持っていた。(そのため学部は情報理工学部に入った)。私と彼は一見親しい間柄には見えるだろうが、実際のところ親密にはならないことは明白だった。逆に仲良くなりすぎず、疎ましすぎず、という距離感が大学生にとっては大事だったのかもしれない。やけに彼は私に絡んでくることが多かった。

 そんな彼が提案した「一ヶ月節約料理バトル」。実家から仕送りをもらってはいたが、遊ぶお金や欲しいものを買う分は、自分でアルバイトをして稼ぐ必要があった。それだけに出費を抑えられるこの企画は、メリットも大きく私は彼の提案に首を縦に振るのだった。

 だがこれをきっかけに私はここから先の人生の舵を大きく切ることになるとは、この時の私はまったく思わないのだった。

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