閉ざされた世界で聞こえてきた声四

Photo by Rodrigo Rodriguez on Unsplash

 

 最高の体験とは言いがたい。なぜなら私にとってはわずかに触れたというだけのことであり、私という器を街に例えたなら、彼は外からやってきたわけではなく、ずっとこの街に住んでいて、私が気付かなかっただけで、ずっと一緒に暮らしていたのだから。

 ずっと体験していたことに気付いたとて、その瞬間を最高の体験とは言わないだろう。ただ私という自我そのものが、彼に触れた、というのはずいぶん意味があることのように思えた。誰が地下牢の真っ暗闇の中で鉄球に繋がれて神が幽閉されていると思おうか。ただそんな環境下にあって、謙るわけでも好待遇を望むでもなく、ただ何の呵責や感情も抱かないところは神である証明のようなもの、光のない世界にもかかわらず、そこが地獄にならないのは極めて不思議な経験に思った。

 それを神の奇跡、と呼ぶにはあまりにも日常にあり溢れていると思った。神は生活のいたるところにいる。彼を見た瞬間、絶えず自分には彼がいたことがわかった。彼が私に与えてくれるものは実にシンプルで、明快なものだった。完全に独立し、完成した世界。そしてすべてが入り交じり、凸凹となるべく設計されたこの世。自分は神の作ったものであり、神になれないことを知るのと同時に、神と繋がっていることを知るのだった。

 我を失ったのは、そのときは珍しく神だけが残ったからだ。神になった身は純粋にこの世の悩みの一切から切り離された。凹凸がない世界では、ただ一つの固体が存在しているのだ。一といえば一だし、二といえば二、そして三といえば三。それが神の世界のルールだった。すべては戯れにて生まれている。その中身について、奇跡だと思うと同時に、それは莫大な研鑽の上に生まれた勤めの上にあるのだと知った。

 その世界で神は言う。

ーーお前の人生について私が言葉をかけてやろう。閉ざされた世界の声は、お前は聞くことは適わなかっただろう。私はずっとお前に語りかけていた。お前の人生について話せ。今にいたるのは変わらないが、きっとお前は人生について、もう少し重い印象を受けるようになるだろう。

 神は言う。

ーー私は私だ。

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